さくらさんのメッセージ(#29456)への返事 > ただ「一元」という世界の捉え方があると知っていても、 > 今のさくらにはそういう実感はなく > 「これから一元について考えましょう」と構えない限り出てこないということです。 そりゃ誰だってそうです。 ということはですね、本来目指すべき「一元」というのは、 和井恵さん言うところの「ゼロ元」など、 少なくとも輪っかが言ってる「一元」とは少し意味が違うもの、 なんではないでしょうか。 逆に、それならば考えずにすむ「一元」だと思うのです。 私が輪っかに対して引っ掛かる一番の問題点は、 「一元」を言い立て過ぎる、というところなんです。 そうなると、「あんたらの言う一元ってどんなもん?」という 疑惑がわいてくるわけですな。 > 日常生活と繋がってないといえば良いでしょうか? 日常は二元、あるいはゼロ元のように私は感じます。 少なくとも彼らの言う「一元」は日常生活の中にないことは確かです。 しかし、日常にないものを考えて論ずるのは、 それは「戯論(けろん)」といって、役に立たないと思うのですよ。 > @ブラフマンだけが実在でほかのものは虚像である これは、言葉にした段階で、素人目にも二元論、差別論とわかる言葉ですね。(笑) こんなものを一元とは言いませんな。 しかし、一という数字を出してきた時、 一が存在するためには、その存在の外側に空間が必要になります。 つまり、どうしてもその一以外のものが必要になるんですよ。 ですから、一というものを出してきたが最後、 その「一」と称するものとそれ以外のものの二元に必ずなります。 > A対立する二つのものが存在しない > 「空」を説くために用いられたのがこの言葉です。 難しい・・・つまり曖昧である分、 こちらの方がまだ話はまともだと思います。 > ぼんちさんが輸っかにおすすめするのはどっちの意味ですか? まだ後者ですね。 ただ、言葉の上では輪っかも2をとっていると思います。 しかし、実際にやってること、説明の仕方が情緒的にすぎて、 どんどん1の色合いを帯びてくる傾向もあります。 > 怨念、想念、呪いは仏教では否定しないんですか〜。 少なくとも、日本の真言密教では否定はしません。 > さくら色々呪いかけられてるかも。 気にしないことです。 気にしたら死ぬよ。(笑) 私はお盆に檀家回りをしましたけど、 ある檀家さんに言い放ちましたよ。 別に仏壇や仏具、位牌なんかをどう扱ったところで、 バチなんかあたりはしませんよ、と。 逆に、バチが当たる、と思い込んでいると、 バチが当たったと思えるような悪いことが起きることはあります、とね。(笑) |