ぼんち@SoftBankさんのメッセージ(#29411)への返事 > 大乗仏教でも、根本的な前提は同じですよ。 > 何が違うかといえば、方便としての「あの世」が > 積極的利用されてることくらいかな。 ふうん。 > 日本人には哲学的な側面での一元的発想は欠けてます。 さくら一元わかりませんてゆうか、 普通に考えるとき出てこないからその考え方。 >>「魂になってその辺ふらふらしてると思うよ」 最初笑われた理由がわからなかったんですが、 ぼんちさんが紹介なさった千の風になっての紹介意図が 一元をまあわかりやすく表現しているものだったのに、 さくらの解釈では一元じゃなくって、浮遊霊とか地縛霊みたいだったから? > たとえば今朝の干物のアジが去年死んだ祖父ちゃんだった、とか > そういう考え方はしたくないと。 アジの干物はリアルにイメージしたくないですが、したら食べられません。 土に葬った肉体ががいずれは土中の栄養と一体となり、 植物を育てそれを人間がまた食べ... といった形で物質が連鎖して脈々と繋がっているというのならまあわかります。 > 親の因果が子に報い、なんて申しますが、 > 日本人には因果が子に報いたり、 > 生前の本人に報いたりはしますが、 > 本人の死後に報いる、という発想はあまりないようです。 ああ、そういえば、昔母が子供の頃子猫を何匹か殺したという話を聞かされた後 猫殺しは七代祟ると告げられました。 ええ〜! そりゃないよ!って思ったけど、そのカルマは母さん自身に死後清算していただきましょう。 おじさんのことは、肉体という不自由なものを脱ぎ捨てて、自由になったってゆっとこうかな。 |