松本少年刑務所服役中、野球部に入った。 新入考査、訓練をえて六工金属に出役した。そして野球部に入った。 午前中、仕事して、午後から野球の練習。 すべて、国家予算で賄われており、野球部に十分なユニホーム、足に合ったスパイク、グローブ、バット、ボールがない。 俺が出たら送ってやる!! そんな思いを抱いて、満期放免!! 野球部に送りたいけど、金がない。 いつか必ず送る思いを胸に秘め実行したのが、 昭和五十一年です。 松本少年刑務所放免後、九年の歳月を要している。 これが、飛び飛びで続いて居ても、贖罪とは言わねいよ。 前橋刑務所服役中、ギネスブックのアコウデオン演奏世界一の人がアコウデオンで慰問に来てくれた。 ヤツガレ小さい時から音痴と馬鹿にされ、歌と音楽嫌いだ。 だけど感動したよ。 慰問に来た人は盲人だ!! 本来、福祉を受ける立場にある人が、五体満足の人間に慰問に来ている。 自分に出来ることはないか? 点訳奉仕なら出来る。 服役中、点訳を覚えて桐生市点字図書館を初め、前橋盲学校等に点訳本を送り続ける。 放免後、点訳奉仕を続けて居ても、贖罪とは言わねいよ。!! 札幌刑務所放免後、東京に数寄屋橋で献血車を見て、献血したのが縁で2ヶ月に一度づつ、献血をして居たけど、高血圧で薬物服用してから、献血が駄目だから、 日本赤十字社に、たとえ僅かでも金を送り続けて、何が悪いんだ。!! これも贖罪じゃあないよ。!! 前橋刑務所服役中、自殺を企て失敗したよ。刑務所所長の勧めもあり、ローマカトリックの神父から、キリスト教の教えを受けた。 刑務所放免になる時、神父さんに、「いろいろお世話になりました神父さんに感謝しています。」 と言うと神父さんは「私に感謝しなくてよいから、貴方に出来る範囲で困っている人の為、何かして挙げて下さい。」と言う。!! 当時、ベトナム難民問題が浮上していた。!! あれから約20年、ベトナム難民収容施設に、個人だからたいしたこと出来ないけど、寄贈を続けている。 20年毎月欠かさず続けている。!! 贖罪とは思っていないよ。!! 人間、思いたったら何事も性根据えてやるもんだ!! 中途半端なら、初めからやらない。!! 第1話、終わり。 |