![]() >> 内因を消滅させれば、外因もその働きを止滅せざるを得ないのです。 >逆に外因が無ければ内因だけでは動かない・・・少なくとも僅かしか。 >種があっても条件が無ければ発芽しないのと同じで、 >写真やDVD無しでは勃ちにくい、少なくともある方が勃ち易い、 >すなわち外因も共犯だと言ったわけです。 >全面的に責任転嫁するということでなく、 >小乗の修行環境の問題も要するにこういうことでは? 上記のアベルさんとのやり取りを読んでみて、どう思った? 「外因(トリガー)」を厭い離れるのは、釈迦のベーシックなやり方だよね。 そして、これには「明智」が必要だった。 これが無いと、「厭い離れる」こと自体が苦しみとなってしまうから。 で、それとは別な方法、 「内因」を消滅させて、外因もその働きを止滅せざるを得ない状況に追いやる方法。 要するに、この場合は「環境に左右されない」、つまり出家をする必要が無くなるわけだけど。 atomさんは、この「内因を止滅させる方法」で不還に到達した人だったみたいだね。 ちなみに、私も今、この状態を確認中なのです。 |