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Message#15777 2008年8月10日(日)12時30分
From: 転載くん2号
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ある犯罪被害者批判について
http://www.egawashoko.com/c006/000267.html

2008年08月08日

 月刊誌『創』で、森達也という人が、オウム真理教の新實智光の手紙を無批判に紹介し、鳩山前法務大臣を「死に神」呼ばわりした朝日新聞「素粒子」に抗議をした被害者たちを非難している。
 新實は、(1)1989年2月に起きているオウムの最初の殺人事件で、教団を脱会しようとしていた男性の首をひねって殺害したのを始め、(2)1歳2ヶ月の赤ちゃんを含めた坂本弁護士一家殺害 (3)元信者に対する殺害 (4)スパイと疑われた信者に対する凄惨なリンチの末に殺害(5)スパイと思い込んだ信者でもない人にVXをかけて殺害――など、数々の殺人事件に実行犯など重要な役割で関わり、(6)松本サリン事件では下見や現場での指示を行い、(7)地下鉄サリン事件には実行犯を補佐する運転手役となり、(8)二人の人にVXをかけて意識不明の重傷を負わせたりした。さらに(9)逃げ出した信者を捕まえて監禁するなどの起訴された犯罪以外に、様々な事件に関わってきた。1994年9月に私の自宅にホスゲンガスを注入したのも、この新實である。松本智津夫の手先として、オウムの血塗られた歴史を作ってきた存在、と言える。
 その新實が、森氏に先般の死刑執行について書いた手紙を送ってきたそうだ。
 執行当日の拘置所の様子や舎房で見た宮崎勤の様子などをつづった後、新實は今回の執行について「疑問を抱かざるを得ません」と批判。そのうえで、次のように書いている。

<国家が生命を軽視していくのと比例して、秋葉原の事件のごとく、他人を巻き込みながらの自殺が増えていくのではないか?と危惧しています。日本の常識は世界の非常識と言われていますが、国連でモラトリアムが決議された中で、逆に日本だけは執行を増加させています。不思議な国、日本はどこに行ってしまうのでしょう>

 まるで、犯罪とは無縁の第三者の論評だ。とはいえ、その内容は、死刑廃止論者の典型的な言説を切り貼りしたようで、独自性は感じられない。
 それに続けて新實は、マハトマ・ガンジーの言葉としてこんな言葉を引用している。

<弱い者ほど、決して相手をゆるすことができない。ゆるすということは強さの証だから>

 いったい、新實はこのように「ゆるし」を語れる立場なのだろうか。
 前述のように、新實は多くの人の命を奪い、傷つけ、今なおたくさんの人々を苦しめている彼は、被害者に対して、ただの一度も謝罪をしていない。自らの行為を悔いてもいない。宮崎の場合も、被害者への謝罪は一切ない、と報じられている。そういう人が、過去の偉人の言葉を勝手に借用し、加害者を「ゆるすことができない」被害者や多くの人たちを「弱い者」とさげすんでいるのだ。
 本当だったら、新實は(宮崎もそうだが)、自分のなした罪と向き合い、被害者の前に這いつくばって謝罪をすべき立場ではないのか。その彼が、頭を垂れるのではなく、逆に被害者を見下ろし諭す言葉を吐いている。いい加減にして欲しい。
 オウムの凶悪事件の実行犯たちには、自分の犯した罪の大きさを実感して、精神に一時変調を来した者もいる。けれど新實は、裁判の間も、自らを省みることすら拒否し、読みかじった本の言葉を引用したりして、常にオウムや自分を批判する人たちを見下す傲慢な態度をとり続けてきた。その傲岸不遜さはまったく変わっていない。
 それどころか、自分が言うことを肯定的に受け止め、メディアを通じて社会に宣伝までしてくれる”識者”の支援を得て、彼はますます増長しているのではないだろうか。
 『創』に掲載された文章は、248行の原稿のうち100行、実に4割が新實の手紙の引用で占められている。しかも、新實自身の体験だけでなく、オリジナリティの感じられない論評部分やガンジーの引用まで載せているところを見ると、そのあたりは筆者が言いたいことを新實が代弁してくれている、ということなのだろう。
 冒頭から新實の手紙を長々と引用したうえで、筆者はまずは鳩山前法務相を、続いて朝日新聞に抗議をした「全国犯罪被害者の会」「地下鉄サリン事件被害者の会」(高橋 シズヱ 代表世話人)を非難する。(筆者は、なぜか地下鉄サリン事件の高橋さんの名前を出しておきながら、全国犯罪被害者の会の岡村勲代表幹事の名前は出していない。地下鉄サリン事件以降、オウムに”寄り添って”きた筆者は、オウム批判を続けてきた高橋さんを、格別意識しているのだろうか)

<「素粒子」の文章からは、拘置所職員や犯罪被害者に対する侮蔑や批判などのニュアンスは読み取れない><遺族の会の抗議はあまりに筋違いだ>

 筆者は自分の「読み取」りが、立場を超えて絶対正しいという自信があるらしい。
 被害者の中には、死刑を求めたことで「人殺し」などと罵倒されたり、死刑廃止論者の本を突きつけられた人もいる。そういう人が、「死に神発言」を痛みに感じ、「自分たちのことも非難されている」と受け取るのは、間違った感じ方であり、抗議などという「筋違い」はやめて、黙って耐えていればいい、というのだろう。
 さらに筆者は、被害者についてこう書いている。

<もちろん被害者遺族の辛さを、僕らはできる限りは想像しなければならない。その苦しみや怒りを少しでも和らげるために、この社会はさまざまな方策を考えねばならない。でもそれと加害者への報復や憎悪を全面肯定することは、ぜったいに別の位相のはずだ>

 「ぜったい」なのだそうだ。事実を見つめることも、自らを省みることもせず、言いたい時に好き勝手を言うだけの加害者を、せめて命で償わせたいと被害者が願うことは、「ぜったい」に許されない、ということらしい。
 この森という人は、被害者の置かれている状況について、あまりに想像力が欠けている。というより、実は被害者には(死刑に反対してくれる人以外)興味がないのだろう。さもなければ、見たくない現実は徹底的に無視する主義なのか……。そういったことは、彼がオウムについて作った映画でも感じたことなので、今さら驚かない。
 それにしても!
 ここで「筋違い」を批判された被害者の中で唯一名指しされた高橋 シズヱ さんは、夫の一正さんを、新實が運んできたサリンと実行犯によって殺されている。現実と向き合うでもなく、自らの罪を悔いるでもない殺人者の言い分を肯定しつつ、その被害者を非難する。
 この感性が、やはり私には、どうしても理解できない。


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