![]() 迷いから見上げると 悟りは逆説的なドンデン返しに思える。 だが、悟りの眼には、迷いと悟りとは決して切り離すことのできぬ限りなく美しい神秘だ。 この世とかの世を通じて 君にとっての最大の恐怖は、君が君自身に変容する瞬間である。 そして最大の至福も・・・ 完璧な透明さは、修練によって起こすことは出来ない、愛情と信頼の上に即非的に全面愛が産まれ、 全面愛は、それ自身、ニルヴァーナへ、おのずから流れ込む。 あらゆる神通・超能力、あらゆる宿命転換やカルマの改善は、 君を、君なぞないというところまで導く君自身のトリックである。 ニルヴァーナとは、不二一元でさえもない。神とは、ニルヴァーナの中なるマーヤの流出源にすぎない。 人は、完璧に地上にいて、地上にいないのがいい。 地上の欲望による堂々巡りのトリックを実感する度合いに応じて、君は、君自身を想い出し始める。 いわゆる大人と称する、未成熟な大人たちが、 「君、それ考えすぎだよ」という。本当の全身全霊的な思索からしか、決して成熟は、起こらない。 デタラメきわまりない、社会性という、欲望ルールを、あまり信じすぎてはいけない。 その道が、君自身の道であるかどうかは、その道の途上においても、 君が倒れても悔いがないこと、それが君の心ある道だ。 君が、おのずからウソをつけなくなったら、君は本ものの超人だ。 死後の生命を自覚するとは、単に不死性を獲得するということだけではない。 嘘という概念も、暴力という概念も、恐怖という概念も、ただ、消失している。 そして、最高の生き方を、すでに生きている。 それがそうであり、 これがこうであるなら、 もっとも素直に 直面していく以外にない。 By ダイジ |