和井 恵さんのメッセージ(#22531)への返事 > これを釈迦は「四正断(四正勤)」あるいは「二正勤・二正断」として説いているのです。 > その人の目的(目標)にブレーキをかけるような潜在的な心の働き(悪業・果報)、 > つまり、「行(形成された自律的な作用・薫習・習気)」を解消させてゆく訓練をすること。 > これが、釈迦の説いている「二正断」の修行の意味合いですし、 > その逆に加速させるような心の働き(善業・功徳)を造り出す訓練が「二正勤」の修行になるのです。 五値五力セミナーとか二正勤・二正断いうと某A社でもよく聞かされたところですね〜。 確かに布施の善行の実践によって貪りを抑えるとか、慈愛によって反対側の嫌悪を鎮める と聞かされたのを思い出します(布施についての異論は一寸おいといて)。 なるほどなるほど、間接的にっていうか、算術的にではないにせよ、善業によって悪業の 相殺的なことはあり得ると。一寸たとえは悪いかもしれませんが、山の頂上を目指してアク セルを踏むのと、同じアクセルを用いて谷底への道ではエンジンブレーキ使うみたいな感じ とか・・・。ま、エンジンブレーキは消極的というか受動的というか、比喩として一寸違う かもしれませんが。 でも非常にわかりやすいご説明で、ある程度はわかるような気が致します。某A社で聞いた データも一寸参考にしたりして。 ←某Aの教学は全然真面目にやってないし妄信には 程遠くてほんの一寸補助的に参考にするくらいですからご安心賜わりたく。 > ただ単にアクセルを踏む努力(善業・功徳を積む)をしているだけでは、 > 最初はブレーキとアクセルを同時に踏んでいるようなものですから、 > そのままでは「二律背反(ストレス)」がどんどん溜まってしまいますよね。 > でもその状態(期間)を「耐え忍ぶ(忍辱)」ことが出来れば、 > ブレーキの力は徐々に弱まっていくと思いますけど… この比喩の方がよくわかります。非常にわかりやすいですね。アクセルとブレーキを同時に 踏むとストレスになると。 > ※アクセルは意図的な意志の力で働かせていきますが、徐々に「慣性の力」に変化してゆきます。 > (つまり、五根という意識的な努力から、五力という自律的な働きへと移行するのです) > ブレーキは過去に造ってしまった慣性(惰性)の力で働いているので、 > それを抑え続ければ次第に消えてゆくのです。 潜在意識に根付かせることに成功して、良い方向への慣性が完成してしまったら、潜在意識 の慣性は凄く強力なようですから、まさにしめたものなんでしょう。 嗚呼、酒は旨いという潜在意識の思い込みの慣性を何とかしたいwwwwww |