第六話に於て、走る爆弾娘が、成田からバンコク入りした日に ヤツガレは、オウム真理教名古屋支部の出家信者三人と他一名計五名でバンコク入りしたが、話しをひとまず、ここで、打ち切るとして、何故、オウム真理教名古屋支部が組織を上げて出家信者三人をバンコクに派遣したのか? 又、この書き込みに登場するタイ人との関わり、出会いを明確にすべく、話を平成四年六月二十三日に戻すことにする。 ヤツガレは、株式会社資生堂代表取締役社長、福原義春氏の自宅に、シアン化ナトリウムを郵送したことから脅迫容疑で逮捕され、恐喝未遂罪で起訴裁判で有罪認定、府中刑務所に服役中の処、刑期満了に付 平和四年六月二十三日に満期釈放となった。この日が、27日かも分からない。 約3年の禁欲生活を強いられ、映画館を三軒梯子して、時間をつぶして夜の歌舞伎町を徘徊していると、 お兄さん、お腹すいた、ご飯ご馳走してください。 と言う女がいた。目の前に食堂があったので ご飯ぐらいならいいよ と言うと、女は別の女に声を掛け、ヤツガレ含めて4人が 思い思いのメニューを注文して食事をした 食堂を出ると、3人の女が お兄さん、ありがとうございました。 と言うと、2人が散って行った。ヤツガレに声を掛けた女が、 お兄さん、ホテル行く と言って、腕を組んで来たので そのまま、ホテルに行くことになる。ちなみに、当時の相場は、遊び二万、泊まり四万であった。 朝になって、女は お兄さん、私の紐になって と言う、この女、源氏名エリーと言うが後に、ブンヤパルパGオラワンとわかった。 女は、ヤツガレに、テレホンナンバーをメモして渡し お兄さん、きっと電話ください。 と言うのである。ヤツガレ、そのあしで、東京駅に行き、新幹線にて豊橋に、 後日に続く。 |