和井 恵さんのメッセージ(#14467)への返事 > 「価値がある」、「意味がある」、「無価値だ」、「無意味だ」。 > それらは全て、「識別(分別)」から生じている「考え(思考)」ですよね。 > およそ苦しみが生ずるのは、すべて識別作用に縁って起るのである > 識別作用が消滅するならば、もはや苦しみが生起するということはありえない > 「苦しみは識別作用に縁って起るのである」と、この禍(わざわ)いを知って > 識別作用を静まらせたならば、修行者は、快をむさぼることなく、 > 安らぎに帰しているのである あ、一寸説明不足だったかもしれませんが、花火を綺麗だと思って、それ見ることに喜び を抱いたら消えた後が苦しみだ、という某A社の言い方・・・要するに現世的な喜びとされ るものは無常だから、そんなのに喜びを見出してたら失われたときに苦しみとなる、苦楽 表裏・・・だからAに布施しなさいw という論法に対して、どうして花火を素直に喜ぶ のがいけないんだ??? 疑念抱いたというだけで、和井さんや猊下の仰るような難しいこと でもなかったと思うのですが・・・ > 客観的には「善でも悪でもないモノ」が、主観的な条件の付加によって「善」や「悪」に見えてしまう。 > つまり、それによって「あるがままにモノを観ること」が出来なくなるのです。 そりゃぁ生まれて数十年、現世的な価値観のマインドコントロールのデータが山のように インプットされてるし毎日その線における新しいデータが入って来てるのですもん > 諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中 > 主観的な「思い込み」や「観念」、「識別作用」などを「空ずる(空っぽにする)」と、 > 諸法の「空相(あるがままの姿)」が目の前に顕現する… > この意識状態を、自分の中に「体得」できれば、「刹那滅の楽」を純粋に享受できるのです。 > そして、この意識状態を「心解脱の成就」と呼ぶのです。 具体的にどうやったらそういう境地の一端なりとも垣間見ることができるかと |