3月30日8時1分配信 産経新聞 平成7年3月、国松孝次警察庁長官(当時)が東京都荒川区南千住の自宅マンション前で銃撃された事件は、30日で発生から13年を迎える。時効まで残り2年。警視庁南千住署捜査本部では「オウム真理教による組織的犯行」との見方を崩していないが、別の強盗殺人未遂事件で実刑判決を受けて上告中の中村泰被告(77)が犯行を示唆する供述をしていることから、その信憑(しんぴょう)性についても慎重に捜査を進めている。 事件は7年3月30日午前8時半ごろに発生。自宅マンションを出た国松氏が拳銃で銃撃され、4発中3発が腹などに命中して重傷を負った。捜査本部は16年7月、オウム真理教の元幹部ら3人を殺人未遂容疑で逮捕したが、嫌疑不十分で不起訴処分となった。 一方、中村被告は警視庁に対し、事件2日前の下見時の様子▽銃撃後に逃走用として使った自転車の遺棄状況▽銃撃に使用したとされる回転式拳銃と同種の拳銃の米国内での購入−などについて詳細に供述している。 捜査本部は17年3月、捜査態勢を約100人から約70人に縮小。投入した捜査員は延べ約44万人に上る。情報提供は南千住署捜査本部(電)03・3803・9317。 ■“中村供述”真偽解明へ公安、刑事の連携必須 国松孝次警察庁長官(当時)銃撃事件で、中村泰被告が捜査線上に浮上したのは平成15年7月。警視庁刑事部が三重県名張市の知人宅を家宅捜索した際、大量の拳銃や実弾とともに、「March30 1995」と題した一編の詩が見つかったからだ。タイトルの日付は銃撃事件の発生日だった。 刑事部では銃撃事件の捜査を指揮する警視庁公安部に情報を提供したが、公安部は中村被告と銃撃事件との関連性はないと判断。翌16年7月、オウム真理教の元幹部や元信者で元警視庁巡査長ら3人を殺人未遂容疑で逮捕した。3人は嫌疑不十分で不起訴処分となったが、“教団関与”の大枠は変えていない。 一方、刑事部はその後、いったんは中断した中村被告に対する捜査を極秘裏に再開。犯行前後の現場の状況などについて、詳細な供述を得るとともに裏付け捜査を進めてきた。産経新聞でも昨夏以降、当時の警視庁担当記者が大阪拘置所内の中村被告との面会や手紙のやり取りを繰り返し、同様の証言を得ている。 時効の成立まで2年と迫る中、今後の捜査では公安部と刑事部の連携が不可欠となる。刑事部の捜査官は、中村被告と人間関係を築いた上で供述を引き出してきた。公安部は中村被告の取り調べに必要な情報を細大漏らさず刑事部に提供し、刑事部の捜査官が引き続き中村被告の供述を引き出していくことが、真相解明に向けた最善の策といえるのではないか。 刑事部が物証と聞き込みで容疑者を絞り込むのに対し、公安部は初めに捜査対象を絞り、思想背景の分析とさまざまな情報の積み重ねで真相に迫る。捜査手法は大きく異なる両部だが、連携なしに重大事件の解決は望めない。 「これまでの十数年に及ぶ捜査の過程で、公安部は事件に関する膨大な証拠資料を持っている。中村被告の供述が『秘密の暴露』に当たるかどうかは、その証拠資料を基に評価しなければ分からない」 ある警視庁幹部がそう指摘するように、両部がメンツにこだわることなく“中村供述”の信憑性について決着をつけるべきだろう。 |