喫茶Honfleur掲示板 2007〜2009年

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Message#26674 2009年9月11日(金)13時53分
From: 和井 恵
変更
Re2:【一服どうぞ】裏千家前家元・千玄室 「婆子焼庵」の教え
元芝さんのメッセージ(#26654)への返事

少し、私見を書かせて頂きます。

> 抱きつかれた、この人物は「女性」で、
> 「抱きつく」つまりそういう行為は「性欲」という概念・想念がこの僧自身にはあるから、
> あるからこそ「自分にはそのような穢れはない」あるいは「女性は穢れ」と女性を突き放した。

私もここまでは、元芝さんと同じ考えですが、少し違うのは、
性欲は「概念・想念」というよりも、もっと生々しい「欲求」だと感じていることです。

> もし、そのような概念・想念が無いなら
> 「ニッコリと笑ってどうなさいました?」とでも返して、
> 彼女の思いに応えるでもなく、彼女に恥を掻かすでもない、大人な態度が取れたはず。
>
> こういう余裕が真の仏教者・解脱者には欲しいわけです。

このお話しでは、信心深い老婦人が、
「修行中の僧侶がどれくらい修行が出来ているかを試そうとした」のですから、
この僧侶に完璧な「理想的な僧侶の姿」を求めていたわけでは無いのだと思います。
ただ、正しい修行が、ちゃんと出来ているかどうかの「確認」をしようとしたのだ、
というのが私の解釈です。


隣家の若い娘に抱きつかれた僧侶は、性欲を感じてしまい、思わずその娘を突き放します。

そして、突き放して置きながら、その自身に起きた性欲に目を向けようともせずに、
「枯木寒巌に倚る三冬暖気無し」という虚言(自己をそれらしく見せる着飾った説明)を言いました。
しかし、なによりも、「突き放す」必要があったのは、相手の女性などではなく、
自分の心の中に生じてしまった「性欲」の方であったはずなのです。

つまり、修行者として最も必要な「自己の心を観察」して煩悩と対峙することを忘れ、
心に起きてきた欲望・煩悩を「相手のせいにしてしまう」という行為に及んでしまった。

これを見た信心深い老婦人は、この僧侶に失望して追い出し、庵を焼いてしまった、
というお話しだと思います。

闘う敵は、他人に非ず、自己の心のみなり。
(外に敵がいると思って行動していると、いつの間にか自分がその敵になってしまう)

というような教えを示しているのだと、個人的には思います。

横レス、失礼を致しました。

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